「おくのほそ道」の旅で北上を續けた芭蕉は舊曆5月中旬、現岩手縣の平泉に至る。「夏草や兵(つはもの)どもが夢の跡」の名句を殘すのだが、その後、踵(きびす)を返して南下する。そして尿前(しとまへ)の關から西の羽前(山形縣)に向かつたのだ。▼この平泉でのUターンについて評論家の森本哲郎氏は『おくのほそ道行』で芭蕉の「未練」を感じてゐる。森本氏によれば、芭蕉の旅は師と慕ふ西行の足跡をたどることだつた。だから西行と同樣に、そのまま陸奥(みちのく)の「外の濱」へ行き、蝦夷(えぞ)(北海道)をながめたかつたのだといふ。▼「外の濱」は、一般的には青森縣の津輕半島など本州最北端の海邊を指してゐたらしい。そこを目指す芭蕉の意氣軒高たるや大したものだ。しかし同行の弟子、曾良に「病氣持ちの體でそんな遠くまではとても無理」と押しとどめられ、斷念したといふのである。▼確かに津輕は遠かつた。距離だけでなく、当時の人には「人跡未踏の地」のやうに映つてゐたのかもしれない。現代でも青森縣で生まれた太宰治でさえ津輕風土記を書くため、初めて津輕半島を旅してゐる。東京から見てそんなに疎遠な地だつた。▼その津輕半島の付け根にあたる青森市まで東北新幹線が延伸された。今日、八戸-新青森間が開業となる。東京-新青森間は最速で約3時間20分、平泉の最寄りの一ノ關から新青森までも2時間とかからない。往時の人には信じられないやうな速さだ。▼地元の青森では當然のことながら「津輕を身近に感じてもらへる」と大歡迎だらう。泉下の芭蕉翁も「今の時代だつたら、樂に行けてゐたのに」と悔しがつてゐるかもしれない。それとも「旅は難儀して行くもの」と澄ましてゐることだらうか。


by kagami
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